2018年3月3日土曜日

          日米安全保障条約は諸悪の根源
                           
                      蓮井 治

1)安保条約は「条約」ではない 

安保条約には「条約」という名称が入っていますが、本当の意味の条約ではありません。 「条約」というのは、言うまでもなく、その当時国が主権者である国民の意思を踏まえて、議論 を尽くし、その結果にもとずく合意によって成立するものです。 ところが、安保条約はそのような手続きや経過は全て無視されて、アメリカから一方的に押し付 けられたものですから、「条約」としての不可欠の要件を満たしていないので「条約」とは言え ません。
1951年8月に日本からは吉田茂全権がサンフランシスコを訪れて講和条約の調印に当たりま した。これは戦争状態に休止符を打つための不可欠の手続きです。従ってこの調印式には我が国 のほか連合国の代表49カ国が参加して調印され、「平和」が回復されました。
調印はサンフランシスコの中心街にあるオペラ座で行われましたが、ここでの調印が終わると、 そこからかなり離れた場所にある陸軍の施設に吉田茂全権団だけが連れ込まれ、そこで安保条約 の調印を迫られたのです。日本の全権団には「イエス・ノー」を言える自由はありませんでした。
 以上のような経過からすれば、私たちは安保条約を守らなければならない言われも義務も必要も ありません。因みに当時、吉田首相は、安保条約という「不平等条約」の調印を強制されること に反対して、全権を務めることを固辞して逃げ回っていたのですが、昭和天皇からきつい「お叱り を受けて、やむなく全権を引き受けることになったのでした。

(2)安保条約の目的と狙い 

ここで「安保条約」として述べているものは、現行のものとは異なる、いわば第1次「安保条約 (旧安保)を指していますが、現行の「安保条約」は、1960年に岸信介政権(岸信介はA 級戦犯の烙印を押された人物でしたが、安倍首相の自慢の祖父)のもとで成立した第2次の「安 保条約」を指しています。「旧安保」の目的は、米軍が日本国土のどこにでも自由に軍事基地を 設ける権利を保障していましたが、現行の「安保条約」では、「旧安保」の上に日本がアメリカ と共に集団的自衛権の行使に参加する道が新たに付け加えられ、軍事協定としては完成されたも のになりました。
 ただここで留意しなければならないのは、「集団的自衛権」の行使についても、「自国の憲法上 の規定及び手続に従うことが条件」になっていることです。 改めて言うまでもなく、日本国憲法の第9条では「戦争の永久放棄」という大原則のもと「戦力 の保持」も「交戦権」も認めないと規定しています。従ってわが国は、「集団的自衛権」の行使 も認められないので安保条約は初めから憲法違反で無効なものと言えるでしょう。 戦後のアメリカの世界戦略の中心は、圧倒的な軍事力によって世界制覇を目指すものですが,そのために日本の全土に米軍基地を構築することが不可欠かつ最善と判断しました。 アメリカの要求ではそれに止まるものではなく、さらに日本に再軍備を要求し、その日本の軍隊を米軍の補完部隊として利用することを計画しました。
 マッカーサー占領軍総司令官の指示(1950年7月8日付)で当時の吉田首相に対して7万5 千人の警察予備隊の創設を命じました。名前は、「警察予備隊」でしたがそれは、まさに軍隊の 卵でした。事実その後1952年に保安隊、1954年に自衛隊に変身するという経過をたどり 本格的な軍隊へと拡大した歴史を経て今日に至っています。
 そのような経過の必然的な結果として自衛隊は常にアメリカの厳重な監視と監督の下に置かれ、 自衛隊に対する指揮権は事実上アメリカに握られています。 ということは日本の再軍備された軍隊(自衛隊)は、アメリカの戦後戦略に加担・協力させられ るために設置させられたものであることの証拠でもあります。「自衛」ではなく「他衛のため」 「アメリカのため」、「アメリカの戦力を補完するために」アメリカの意向に沿って作られた軍 隊です。 言うまでもなく、日本の再軍備は、ポツダム宣言にも憲法第9条にも違反するものでしたが、ア メリカもそのことは充分に承知の上で押し付けたのです。その点に関しては、アメリカは1948 年の時点で、対日政策の中心課題として「ポツダム宣言と日本国憲法を無視する」という方針を決 定していました。このような不法・勝手極まる行為が許されないことは言うまでもありません。

(3)日本が独立を回復し国民が幸せになるには「安保条約」の廃棄が不可欠

先に述べたように、日本の軍隊(自衛隊)は、実質的にアメリカの指揮下に置かれており、いわ ば植民地的な従属軍隊です。このような現状では、日本は主権国家とは言えません。 国民の中には、「日本の安全はアメリカによって守られている」と信じている人がいますが、 1970年にマッギー在日米軍司令官が、1983年にはワインバーガー国務長官らが口を揃えて 「日本に駐留する米国軍隊には日本防衛の任務は与えられていない」と米上院で証言しています。 また福沢元陸上自衛隊幕僚長も「在日米軍基地は、日本の防衛のためにあるのではなく、米国中心の世界秩序の維持存続のためにある」と述べていました。
このことは、少し立ち入って考えてみれば、至極当たり前のことです。仮にも一国の安全確保とい う巨大な責任を他国が引き受けることなどは考えられないことです。事実、そのような協定も条 約も日米間には存在していません。 そもそも戦後70年以上も占領軍がほぼそのまま居座っていること自体、異常という他なく、主 権放棄以外の何ものでもありません。しかし、歴代自民党政府はもとより安倍政権もこの現状を 立て直して独立を回復する考えは毛頭なく、逆にひたすらアメリカに追随しながら「戦争のでき る国づくり」のために国民の生活や福祉は犠牲にされるという後ろ向きの政治を続けています。 しかも米軍基地に日本の領土を使っているアメリカは、本来は基地使用料を払うのが当然である にも拘わらず、その逆にわが国は「思いやり予算」を含め年間8千億円規模の「米軍駐留経費」 を払っています。
その一方でトランプ大統領の要求に応えて、次ぎ次にイージス・アショア、無人偵察機、迎撃ミサ イル、オスプレイなどの高額な攻撃兵器を買わされ、その合計は4800億円超にのぼり、今年度予算での軍事費は過去最高の5兆2千5百億円を超えています。
上記の8千億円にものぼる「米軍駐留経費」と軍事予算の合計は約6兆円ですが、それを半減と言わず、わずか数パーセントを削減するだけでも、福祉・社会保障・教育など国民の暮らしは画期的に充実・改善できるでしょう。
 不公正と矛盾の根源である対米従属から脱却するとともに日本が真の独立と主権を回復させるには、安保条約を解消することは不可欠の課題です。そのために国民の声と運動を一段と盛り上げ ることが求められています。
                  
              2018年3月1日  蓮井 治